女性として初めて総理大臣になるのでは?と注目されている高市早苗さん。
英語力も相当なものという評判なので、どんな大学を卒業したのか、気になりますよね。
高市早苗さんの学歴について調べてみました。
高市早苗の学歴まとめ
高市早苗さんは、国立大学を卒業している才女です。
- 幼稚園:奈良カトリック学園
- 小学校:奈良市立あやめ池小学校→橿原市立畝傍南小学校
- 中学:橿原市立畝傍中学校(公立)
- 高校:奈良県立畝傍高等学校(公立)
- 大学:神戸大学経営学部経営学科(専攻は経営数学)
奈良県に生まれた高市早苗さんは、カトリック系の幼稚園を経て、小学校から高校までは公立に進学します。
奈良県立畝傍高等学校の偏差値は69と、県内でも最難関の公立高校でした。
実は、意外なことに、中学時代からグレていたとか!?
小学生の頃から母親に厳しく育てられた高市氏は、その反動もあって中学生でグレてしまう。夜中にこっそり抜け出して遊ぶようになると、高校時代はロックとバイクに明け暮れた日々を送ったそうだ。
〈昼前ごろ、もそもそ起き出して学校へ行った。私の大切なバイクに乗って。
実は、バイク通学禁止。校舎の裏の秘密の場所に止めて、外壁の金網をよじのぼって入った〉
引用:exciteニュース
大好きなバイクで通学しながら、恋愛にも積極的だった様子。
校則違反上等のエピソードでヤンチャぶりをアピールした高市氏は、学生時代から恋愛もお盛んな様子。小学3年で初恋を経験すると、高校1年の時に音楽サークルの先輩の大学生と交際する。その次は高校3年で、世良公則似の不良っぽい高校生と付き合い、ラブラブだった。
〈いつも彼と二人きりでいたくて、授業をさぼり、宿題を怠けて、成績はガタ落ち。職員室で先生に「勉強しろ」と顔をビンタされた〉
引用:exciteニュース
とはいえ、高市早苗さんが進学した神戸大学は、全国でも優秀な人が集まる国立大学。
「グレていた」とはいえ、大人の言うこともほどよく守りながらヤンチャなことも楽しむ、要領のよいタイプだったのかもしれませんね。
高市早苗は神戸大出身で英語も堪能!
高市早苗さんは大学卒業後、アメリカ議員で働いた経験もあるため、英語力も抜群です。
大学時代に政治家を志すように
神戸大学時代も、恋に勉強に全力投球だった高市早苗さん。
大学4年生の夏、ターニングポイントが訪れます。
松下幸之助氏と初めて対面し、その眼光の鋭さに圧倒され、政治の世界を志すように。
同じ軽音楽サークルの仲間で1つ年下の彼氏と付き合っている時は、周囲がリクルートスーツで企業回りを始める中、高市氏は急に思い立って国家公務員の上級職を狙って猛勉強を開始する。
〈朝の九時から夜の九時まで大学の図書館にこもりきり。バンドの練習とバイトにも休まず通った。
(中略)毎夜九時の夜景のきらめきと、彼氏の優しいキスが、がんばった自分へのごほうびだった〉
忙しい日々でも彼氏に会うことが日課だった高市氏だが、たまたま大学の廊下に貼り出された松下政経塾の塾生募集のポスターを見つけた。それを機に説明会に足を運んだことで、その後、政治家への道を進むことになるのだが、二次試験の会場でも大胆なラブラブ行為に及んでいる。
〈門の前で彼がキスしてくれて、私を見送ってくれた。だれも見ていないと思ったのに、さすがは電機メーカー。門の上の監視カメラを通じて、私たちのキスシーンは守衛室のモニターに映し出されていたのだ〉
一方、当時から優秀だったようで、公務員試験の筆記試験に合格すると、松下政経塾の松下幸之助氏と面接を行った三次試験も通過。結局、父親の助言で政経塾入りを決めると、大学卒業までの約半年間は、
〈彼との愛の生活に、どっぷり〉
引用:exciteニュース
公務員試験にパスしながらも、松下政経塾にも合格。
彼氏ともラブラブ…と、すごく充実した大学生活を送っていたのですね!
意外なことに、ホステスのアルバイト経験もあるそうです。
高市早苗は昔ロックバンドをやっており、ホステスでバイトの経験、さらにバイクが趣味らしい。
— 無言(かマスク) (@hitomono) August 28, 2020
高市早苗は奈良県立畝傍高校から
神戸大学卒業 単車が趣味 ホステス経験があるそうだ。— 山本英孝 (@WXGv0bmtrjkqEP3) June 28, 2017
アメリカの議員立法調査官も経験
大学卒業後は、松下政経塾に入塾し、政治について本格的に学び始めます。
コングレッショナルフェリーという議会研究員に選ばれ、26歳で渡米すると、アメリカ議会で働くように。
民主党下院議員のパトリシア・シュローダー氏の議員立法調査官を務めていたそうですが…
この経歴には、少々疑念が残るとして物議を醸しました。
ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が、総務大臣で衆議院議員の高市早苗氏の経歴について「詐称」だとした発言に対し、高市議員が「事実誤認」と公式ホームページで説明、取り消しを求めている。
田原総一朗氏らテレビの報道キャスター6人が今年2月、「高市氏の発言は憲法と放送法の精神に反している」と抗議する声明を出した際、会見の終わりに鳥越氏が高市議員の経歴について「議会立法調査官ではなく、見習い待遇で無給で未契約のフェロー。コピー取り程度の、お茶くみ程度の役しかやってない」「経歴詐称だ」などと発言。
高市議員によると「立法調査官」という名称は、コングレッショナル・フェローの「訳語」であり、公的な職での経歴として使用したことはないとしたほか、1987年12月から89年3月にかけて、コングレッショナル・フェローとして、パトリシア・シュローダー下院議員の事務所に在籍し、議員立法やスピーチのための調査に従事したと説明。加えて「フェローは、議員事務所や委員会において、立法のために必要な調査や分析等を行う。フェローは、一般的に無給であるインターンシップとは異なる」と説明している。
引用:Yahooニュース
経歴詐称疑惑に対し、高市早苗さんは約2年間アメリカ議会で働いていたと反論。
議会で働くとなれば、難しい専門用語も必要とされ、答弁には駆け引きも必要なはず。
高市早苗さんの英語力は、相当なものでしょうね。
高市早苗は情報番組のMCから政治家へ転身
帰国後、高市早苗さんは情報番組のMCを務めるようになります。
1990年、29歳のときにフジテレビの朝の情報番組「朝だ!どうなる?」でMCに抜擢されたことをきっかけに、知名度はぐんぐん上昇。
日本テレビのバラエティ番組「巨泉のこんなモノはいらない!?」にも起用され、全国的に名前が知られるようになります。
この抜群の知名度を武器に、1993年に衆議院議員選挙に出馬。
無所属ながら、トップ当選を果たしました。
新進党に合流すると、1995年には新進党から出馬して再選。
しかし、その直後に離島して自民党入りしたことから、大きな批判を浴びることに。
それでも、政治家としての手腕が素晴らしかったのでしょう。
内閣府特命担当相を皮切りに、自民党政調会長、総務相を歴任するなど、目覚ましい活躍を見せ、今ではベテラン議員に。
恋と勉強を両立させながら、政治家という夢に向かって、コツコツ努力を重ねてきた高市早苗さん。
何事にも全力で取り組む姿勢が、国民に支持されているのかもしれませんね。
高市早苗さんのさらなる活躍が楽しみです。